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今、この偉大な「寶」解明の大事業を終え、平常をとりもどし、本書全体の軌跡を振り
返る時、大別すると、1・唐代史 2・道教 3・陶磁器 4・印章 5・易・陰陽

行 6・獅子・龍・皇帝文化 7・唐詩・書・文字文化、などの主要ルートがあった。そ
の他、8・中国考古学出土品の全体的流れからの推考、その他、ありとあらゆる道を辿ら
ねばならなかった。
 二、三の分野の専門家では、到底、解明は出来なかったであろう。むしろ知識が深けれ
ば深い程、逆にその知識が道を閉ざす羽目になったであろう。
 その意味で老子の“無”が現代社会に投げ掛けるところは大であり、多少なりとも、学

と知識の「弱者」に、希望を与えたものと確信するものです。
いずれにしても作成した年表と地図を片手に、まだ見ぬ中国の源から現代に至る5000
時空を旅することとなった。
 絶対的確信が、時として陽炎の中で蜃気楼と化した。
 殆どの道に標は無く、中国史
5000年の気の遠くなるジグソー・パズルであった。
 今日まで考証された、あらゆる歴史書および記述の否定からの出発、正に“無”からの
構築であった。
 この果てしない混沌の迷路を突き進んだ原動力に、私の「気」がある。この深淵を感知
する「気」こそ、陶磁器が秘める幽玄とも言える「美」を観る“気”です。この気は流れ
る血と、私の過去における
15種以上にも及ぶ職歴、その人生の多くの人達との出会
いにより
育まれたものであろう。
 本書解明の初期の段階で「寶」の実体と“完璧の壁”を突破した事に“気”づいた時私は
家族一切はもちろん、友及び、この「付記・平成承禎」で戴いたすべての方々にも一切秘密
にして、遺書をしたため、“なかば「公」の貴き人と聞く遠方の人”に厳重に
封印し、本書
が世に出て「寶」が認知されるまで、全ての道を絶ったのであります。
しかるべく、歴史の評価が下り「寶」安住の地が示されるまで、一切を封印したのでありま
す。この「寶」本が出版されるときは、間違いなく中国政府に返還される手筈は終えている
筈である。
私の将来における大きな問題は、マスコミの方々に対してであります。
「寶」そのものは、人類文化に捧げられた共有の財産であり、マスコミ関係各位は色々の観
点から報道されて御自由ですが、事前にこの事だけは断っておきます。それは私個人はもと
より、お世話に預かった方々に対しての、ご迷惑、興味本位の取材、勝手な肖像権の侵害、
事前のコンタクト、了承を得ない“報道の凶器”は絶対に拒絶致します。本誌巻末に載せた
私の写真を唯一了解の対象とし、かつ当方の確認了解をいただいく事を真の民主主義の法の
もとにお伝えしておきます。かつて三権を凌駕した“第三の権力”と述べられた方がいまし
た。
 民主主義と報道の自由のもと自称良識と誇る“井戸端会議”の宇宙規模です。全てとは
うしませんが、悲しむべきことであり、それらの正義は、時として、裏表・両刃の刃で、私
に「寶」解明を命じた偉大な「司馬承禎」及び「老荘」の精神と相対の世界“です。報道の
自由と言う綿の御旗の元、現代民主主義社会の陰陽裏表をなす、得体の知れないモンスター
である。

 この事前の断りをもし破ることがある場合、返還する「寶」と同額の代償を支払って

く事を事前にお伝えておくものである。
 この申し入れは偉大な大宗師・司馬承禎が1300年の時空のかなたから「寶」を通し現代
会に放った警告の矢文です。




  ゴンゴンの 鐘とどろきて 花吹雪

                <桜名所朝日山公園にて>平成9年4月18日




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拙著「寶」本「あとがき」より