再びサラリーマン

 

ロンパネをアッサリ断念したら後が無くなった

家族を食わせねばならない

私は新聞広告で大学進学生向けの学習教材販売会社オンタイム社の広告を見つけ、勤めて

みよう
と思った

給料が良いのと伸び盛りの大手の会社である

ファンである竹村健一が当時この会社をテレビで推奨していたのを見たこともあって

いろいろ勉強するのもよいかと応募した

4・5ケ月程と記憶している。

オンタイム社に腰掛けて得るものは少なかった

分かったのはサラリーマンを辞めてから10数年経っている。

★既に自分の体と綜合思考はサラリーマンに全く向かない人間になっている事を肌で知っ

 た

その営業で知ったのが後に糖尿病で3度入院させて戴いた戸出市ノ瀬○○内科の先生で

ある。

「寶」のHP向けの原稿は病院の近くのアグリピーの喫茶店であった

ワープロを持ち込んで2ケ月近くそこで苦悶していたのである

★「寶」解明の道に幽かに関係していたのである

只只喰う為、家族を食わすための試練の時代であった

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                                         平成1918