第42弾、更なる歴史の財産「氷見宗忠」

 

氷見活性化の最終篇であろう

それは氷見出身の幻の能面師である

名前は知っていた

子供の頃、遊んだ上日寺で鑿をふるったと記憶は定かでないが知っていた

私の師である、万葉の研究家、伏木の黒川総三先生を良く知っておられるT女子が密かに

研究しておられる事も耳にしていた

昨年暮れ『東京氷見会』創立50周年記念誌・発行平成176月を手にした

年末の市役所の書棚整理に廃棄された本を東平蔵が掃い受けしてきたのを借りた

そこに会員の胡蝶正則氏が、氷見が輩出した偉人の三傑として浅野総一郎と斉藤弥九郎そ

してこの氷見宗忠のことを記しておられる

官民あげて氷見宗忠を取り上げよと叫んでおられる

全くの同感である

私が既に提唱した北大町の斉藤弥九郎、浅野総一郎、獅子舞ミュージアム、郷土博物館、

大伴家持、それにこの氷見宗忠の複合観光施設を急げ

北大町に市民病院(金沢医科薬科大)の建設は大反対である

それではその施設にどのように着色し、観光客に堪能してもらうか

@★観光バス1台分のお客が入る小ホール(立ち見席でも良い)に能舞台の正面壁面に大型液

晶テレビを備え、客が入るとセンサーが作動し、能舞を映し出す。

勿論、氷見下田子を舞台にした藤の謡曲が流れる(舞台は本格的でなくても良い)

A★その舞台の脇に能面を彫る等身大のロウ人形の「氷見宗忠」をセットする

B宗忠の遺作と伝わる21面のレプリカを収蔵者の協力を得て展示する

  勿論宗忠の簡単な経歴、そして宗忠が創作場としていた銀杏精舎、上日寺の写真と案内

図を大型パネルにして飾る(本殿と大銀杏のカラー大写真)

 

これで、浅野総一郎、斉藤弥九郎、氷見宗忠の三人の記念館の完成である

これに、獅子舞ミュージアムの移設、図書館の歴史博物館の移設、加えて大伴家持の紹介

ホール、これで全国どこにも引けを取らない歴史の町、観光氷見の施設が出来上がる

勿論、斉藤弥九郎の銅像、浅野総一郎の銅像、十返舎一九のブロンズ、大伴家持の銅像

を北大町広場に配置する、そして薮田海岸に垂姫伝説の人魚のブロンズ像、これで全て完

成である

ヒントを戴いた胡蝶正則氏に心より感謝申し上げたい

 

氷見宗忠(日氷宗忠)

越中国氷見郡氷見村氷見山の朝日観音堂の僧侶(一説法華僧)

21面が重要美術品に認定され宝生家、観世諸家、三井家、他10面が伊井家、毛利家、金剛

家に所蔵されてあると云う

            「氷見の先賢」   筆者 氷見池田町出身・胡蝶正則氏