植物の世界

 

7年ほど前から事務所の前にプランターを置いて、ゴーヤや花などを植えている。

花より団子の自分が、植物の世話をするなど、周囲から見たら驚きであろぅ

自分として、プランターの植物は事務所の店飾りである

十年前は百円ショップの色々な花を飾っていた

それが生花に変化した

造花と生花を混ぜ合わせているか、やはり造花より生花は生きている・

来店者に事務所がイキイキして、三陽はまだやる気と余裕がある店に感じて戴ければと密

かに考えている

ツル科のゴーヤは苗を買う時期が遅れて昨年は植えられなかったが6年前から,ネットを

張って育てた。

そのゴーヤに驚かされるのである

ゴーヤのツルの触手はまるで、生き物の様である

地面の中にゴーヤの司令部があるのかと錯覚させられる、摩訶不思議な植物である

人間の体全体に指令を出しているのは脳の筈である。

ゴーヤの根に人間の脳に当たる司令部は無い。

ゴーヤの体・全体の各細胞に指令するDNAが組み込まれているのであろう。

触手が捕まえた物体を離さないよう、二重三重に巻き付く

しかも、一つ一つの触手は距離感も考えている

そしてあんなに細いツタから物凄い大きなゴーヤの実が幾つも生る。

昨年は同じツルの仲間のムラサキ式部草を植えて、高さ7m程、伸ばした

事務所の二階に更にポールを立てて這わせた。

今年は、そら豆を6本植えた

兎に角ツル科は面白い。

ツル科は自然界の、ミスターマリック・マジシャンである

自然を見ると不思議なことが一杯ある

何気なく見ている草花も、あの手この手で生きているのである

最近草花を見る見方が少し変わってきた

農家の人や園芸を趣味としている人はどんな考え見方をしているか、一度聞いてみたい。

色んな草花が何故あるのか、何万年の長い年月からの多様性、その必然性は何処にあるの

悪い頭で考えると、不思議国のアリスの世界が目の前に広がる

「寶」で中国4000年をザッと舐めたら、東大の名誉教授を筆頭に何十人何千人の研究

者の殆どが、浅い研究で理解していない現実が分かった

恐らくどの分野も、その程度ではないかと思わざるをえない。

ホントである。

頭が良いと錯覚しているのか

東大・ハーバート大学を卒業して禿―――――と叫んだ女が果たして頭が良いのか

また亡くなった憲法学者の日本〇〇党の女党首の彼女を拉致被害者の家族会の人たちは彼

女を、馬鹿・最低な政治家と思っているだろう

彼女が北朝鮮の核の資金を調達した代表的政治家である。

その彼女を持ち上げたのがマスコミである

その後継者の福島〇子嬢も同様である

世間は学歴で、頭が良いと評価する。

過去、身近でも超一流大卒の人と何人か付き合ってきた。

彼等では不動産屋は務まらない

やれば倒産で生活保護者になる事は必定である

そしてその人たちのレベルで私の「寶」本を理解する能力は無い。

東大や京大クラスでその程度である。

日本全体が並みの秀才で構築され硬直化している

植物に少し手を染めて、そんな社会の事までに考えが及んだ

高校を卒業するまで一度も勉強したことが無かった

九九を覚えたことと、俳句や和歌を覚えた事、頭の体操は五ならべ位である。

成績は中の下、遊びは海に山、誰にも負けなかった

最高の幼児期であった。

だから自然に親しんだ

高校までメチャクチャ女の子が好きであった

しかし、振られた事は無かったが、全部片思いであった

その反動が、社会へ出てから、噴火した

一流大学を卒業した人たちは、お気の毒である

まして役人などなったら最悪である。

そんな役人がテレビでやり玉になっている。

新聞記者やテレビの関係者は聖人君子ばかりの筈はない。

マァ、木枯し紋次郎、あっしには関わりのない事と、原稿を打ち切る

原稿がいらぬ方向に、走った

今日は、お終い

一貫性ゼロ、やはり、自分は阿呆の変態である。

編隊(変態)止まれ

平成30421