★★★

天才  石原慎太郎

 

石原慎太郎が政界を引退して田中角栄を回顧した新書である

昔、石原慎太郎は金権政治の田中角栄降ろしの急先鋒であったという

その石原がこの歳になって角栄を逆転評価し「天才」と最大限の評価である

承禎がサラリーマンを辞めたのは角栄の「日本列島改造論」を読んだのが起爆剤であった

承禎と今日の日本の基礎を造ったのが角栄である

ロッキード事件で象に新聞記者の蟻が群がった

記憶に間違いなければ、クライスラー?のコーチャンがアメリカの公聴会で免責を条件に角

栄を陥れる証言した

承禎は今でも真昼の暗黒裁判と確信している

当時色々な新聞週刊誌を読んだ

上智大学の渡部昇一先生も承禎と同意見で有った

文春で角栄を撃った立花隆が、渡部昇一の公開質問に逃げた

であるから、立花隆は嫌いであった

当時の三木総理・福田赳夫・社会党・共産党・新聞・週刊誌が金権腐敗を騒いだ

承禎は今日まで一貫して角栄支持者であった

承禎は角栄の列島改造論の後押しで起業し千里ブロックの名で12年程、活躍できた

承禎にとってスタート・昇り竜、角栄の時代は、まさに太陽の季節であった

今も承禎の今日があるのは田中角栄のお陰と感謝している

そうそう「蜂の一刺し」と迷言・毒言を吐いた榎本何とかと云う、狂った女も登場した

著者石原慎太郎も精神がまた純粋で若かったのであろう

千里ブロック時、新潟の田中角栄の自宅裏の中庭の垣根を乗り越え入った

不動産屋の前、千里ブロックの始める前、もう、何十年前のことである

角栄はコンピューター付きブルトォーザーと云われた

日中国交回復の調印に毛沢東・周恩来に会いに行った

今の政治家は小粒で有る

承禎は高速道路を走る時、時々田中角栄の事が思い出される

今日の高速道路網を築いたのは天才角栄である

石原慎太郎も尊敬する政治家の一人であるが、角栄は更にその上を行く、巨人であった

あの世へ行ったら是非お会いしたい尊敬する政治家で有る

今の承禎なら親分お元気でと、気軽に声を掛けられそうである

平成2847