義姉

 

素晴らしい亡き兄の奥さん、義姉である

本当にありがとうと言いたい

兄が病床にあった時も献身的に介護してくれた

何十年前、姑である私の母親と折が合わず、兄と一緒に家を出た

そして40年間近く兄を助け、二人の子供を立派に育て、金沢で家を建てた!

何十年間、姑を恨んだ筈である

それなのに、私の父親が亡くなるときも金沢から車を飛ばして付き添ってくれた

現在、恨み骨髄の姑である筈の私の母親を見舞いに車を飛ばし、心から気遣ってくれている

子供達と家の掃除に来る

今では母親もお姉さんに、心から“ありがとうネ”と言葉をかけて従う

孫達も一緒に見舞いに来る!

跡取りは養子、お婿さんである

その婿も親戚の葬儀、法要などに義理を欠かない

そして先祖の墓掃除と墓参りを欠かさない

お姉さんの生き方を娘が見習い、婿さんの夫もそれに協力する

先祖から引き継がれた信仰心の厚い高木家の家風が見事に引き連がれている

兄夫婦は父親達から何一つ財産らしきものは貰っていない

父親が一生かけて集めた骨董品もこの事務所も、旧の家も私が貰った・・・・!

最早金目のものは殆ど無い

その義姉に感謝の気持ちとして、父親存命中に、姉と私は一切の相続放棄をした

そして骨董品の一部を兄存命中に返した

義姉のご両親は確か満州からの引き上げ者であった

温厚な、みるからに誠実なご両親の顔が今も目に浮ぶ

ご両親は「生長の家」を信仰しておいでた!

親の生き方、考え方、神仏祖先を敬う心、それが全てである

全ては若気の至り、別れた妻の実家は傲慢の塊、信仰心ゼロ、お金しか信じない論外の血

筋であった!

昔の諺にある

能登はやさしい人殺し・・・参った!

反対に取り合わせ、相性の良さの代表として新湊女(放生津)と氷見男と昔から伝わる

その見本のような兄夫婦であった

義姉に心から感謝したい

平成19615