映画「死にゆく妻との旅路」

 

一週間前、氷見市の企画広報室の職員が事務所に来て、この映画の撮影シーンにアパート

のシーンがあるので、協力願えないかと、映画スタッフを連れてきた

氷見人として断るわけには行かない

また、このHP氷見市活性化のコーナーで「氷見ウッド」映画村招請を訴えている

その手前、当然断る訳にはゆかない

スタッフから該当するアパートの大体のイメージを聞いたので、リストアップして4棟程

お見せした

そして19日監督が直接下見に訪れ、撮影アパートは、自社のサンコーポ柳田の2階の一

室に決まった

撮影本番は22日で、前日21日が撮影準備であった。

聞くと映画スタッフは総勢20人以上で、トラック2台、ワゴン車3台乗用車も5・6台

との事である。

出来る限り撮影がスムーズにゆくよう手配をしなければならない

スタッフからの要請で私がしなければならない事は下記の事柄である

@     アパート二階の住人の誰かの一室を2日間借りる事

A     その人に鍵を借りて一晩、実家に帰って寝てもらう事

B     近くで、アパート以外の駐車場を2日間かりること

C     アパートの住人に撮影の事前案内を用紙に書いて配布し、迷惑がかかることを伝えてお

くこと

D     ★映画シーンの中学生の机と椅子、教科書とカバンの用意をする事

E     ★食事の流しテーブルを借りる事

以上であった

Dの勉強机とカバン教科書は従業員が知人に頼み込みなんとか用意した。Eも調達し20

日にアパート二階に運びこんだ

そして、終わったらまた借りた人の所に返す。

軽トラを借りてそれらの用意は事なきを得た

撮影本番の22日、不動産売買の受け渡しが午前10時であった

本業の売買と撮影が重なって、朝早くから気が気でなく、結構大変であった

それでも無事撮影が終わって一安心である

これで映画の協力3回目である

市川徹監督の映画で2回、三陽地所の事務所、駅裏マンション、そして一軒家での撮影、

そのときは「仏壇」の用意を頼まれた

この大恐慌の時代、時間を取られるのは結構キツイのである

それでも氷見市の為である

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人生できる間、何でも受けて立つ

一度しかない人生である

何がどうなるか分からない

それが私の生き方である

映画の成功を祈るのみである

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平成21823