拝啓・氷見あいやま○ーデン○○園長殿

 

謹んで一筆啓上申し上げます。

あい山ガーデン象徴・トーテン・ポールの造形と神話の世界

「メイン・シンボル塔」仮称「愛と希望の塔」

あらゆる文化施設には施設自体の目指す理念がある。

とりわけ施設の象徴モニュメントには、運営者の深い理念が込めらねばならない。

あいやまガーデンは○○園長の郷土に対する深い愛情が結実したものである。

象徴には愛する氷見の歴史と文化に根ざした大輪の華でなくてはならない。

郷土の発展の願いは永久に天高くである。

それでは、そのシンボル像を謹んで御提案させて戴きます。

 

★塔・最上部には白獅子に騎乗する伝説の玉依姫

     玉依姫はご存知、氷見市薮田垂姫神社に由来する万葉の伝説、垂姫と海人の間に生まれ

た女神である。

それでは、何故このシンボルの塔の最上部に白獅子に玉依姫が騎乗するか、起因の伝説

を語ろう。

 

その@玉依姫

古事記・日本書記によれば、その玉依姫(タマヨリビメ)は鵜葦草葦

不合命(フキアエズノミコト)と結婚して、神日本磐余彦尊(カムヤ

マトワレビコノ尊)を産んだ、これが朝日山公園に聳え立つ、日本最

初の天皇、神武天皇である。

そして万葉の謎とされた日本海側最大の前方後方墳「柳田布尾山古墳」

は薮田海岸に待望久しい垂姫に抱かれた後の玉依姫と鵜葦草葦不合命

の墳墓の説が古くから囁かれる。

すなわち考古学的には未明であるが、万葉の時代より神武天皇の両親

の墳墓と当地では噂されてきたのである。

玉依姫伝説は、人魚となった「垂姫伝説」に由来する万葉の神話であ

る。

比美は大和の神々の蜃気楼、万葉時代に遡る伝説の「まほろば」なの

である。

                                                      承禎伝

 

そのA玉依姫を戴く白獅子

 

古来、洋の東西を問わず獅子は百獣の王である。

獅子はシルクロードを経て唐代中国に渡り、遣唐使達により日本に伝えられた。

それは天平の精華、正倉院獅子文物の圧倒的頭数を見れば明らかである。

その中国で白獅子「白澤」は、言葉を話す「徳」と「智慧」の神獣、獅子王として崇め

られて来た。

その獅子伝説は、1300年の時空を超えて東南アジア全域に伝播した。

大和の時代、奈良東大寺の落慶法要に獅子舞が舞われたことが、記録にあり、雅楽、伎

楽神楽などに取り入れられ神社仏閣の狛犬・獅子そして今日の獅子舞として日本列島全

域に広がった。

古くから獅子舞は氷見市百ケ村で舞われ、その勇み獅子は日本一と謳われて来た。

また市文化財として長坂神社に伝わる箱獅子は白獅子伝説に起因するものである。

氷見市民で着目した人は誰もいないが、この氷見市は、神社仏閣の獅子、狛犬、獅子舞

の頭の数も計算に加えると人口一人当たりの獅子の頭数は日本一であろう。

垂姫・玉姫伝説に続く日本国初代天皇である神武天皇が朝日山頂上中央に聳え立つ。

その開山入り口の上日寺は、万葉の時代(白鳳10年・西暦684)に創建なった日本でも有

数の名刹である。

その上日寺の獅子の頭数は30頭以上で、その筆頭には市文化財に指定される宝物に騎獅

子文殊菩薩がある。

白獅子は徳と智慧の神獣で玉依姫は文殊菩薩の化身とも伝わる。

垂姫伝説、玉依姫伝説、朝日山神武天皇、日本海側最大の布尾山前方後方古墳、そして

獅子伝説も古事記や日本書記に遡る、日本の黎明期の蜃気楼である。

氷見市観光の起爆剤として、一代のロマンを賭けた風雲児、増井園長も奇く因縁に導か

れ沖縄獅子、堂々たるシーサーの石像を庭園に配した。

まさに、この縁(えにし)はトーテン・ポール白獅子「白澤」の降臨により神々の伝説は完

結するのである。

以上の神話伝説により「あい山ガーデン」の象徴、トーテン・ポールの頂上には白獅子

に騎乗する、愛と希望、文殊菩薩の化身、玉依姫が霊峰立山のご来光を浴びて氷見市の

永久の発展を見守るのである。

                                                   伝承責任       平成承禎

尚、ポール下部5mは薔薇を主役に色んな花をデフォルメして、頂上獅子と玉依姫までは、

葡萄の実がなったツルを天まで配したらよいだろう。!                  不乙

                   

平成2176