宿命の出合い

 

そして某古美術商の紹介で遂に私は、今は亡き「寶」の翁と出会ったのである

私は翁の古美術に対する深い造詣に完全に魅了されたのである

人生全て勉強である

そして翁は古美術を収集するなら、超一流の品物でなくてはならない。

数を持っていてもいざという時、何にもならない

翁は和歌の研究をなされていた

その勉強法には、後に知り合う黒川先生同様、衝撃を受けた

何冊もの古い和歌の本にはビッシリ線が引かれ付箋がしてあった

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私は目が開かれる思いがした

超までゆかなくとも、一流に近づくよう質を高めよう

私は父親の1000点前後の品を点検整理する事に決した

不遜であるが私は古美術に関し既に父親より上回ると内心思っていた

古美術、骨董を見る目は結局人生をどう生きてきたかその差であろう

父親も裸一貫頑張って来た

しかしそれを乗り越えた自負はあった

二流美術家の作品は、その作者の苦悩、人間練磨が足りないのである

一流の品と横に並べたら、色褪せてしまう!!!!!!!!!

私はそれまで大兄辰、稲葉心田禅師、斯波園長、シェルター植村社長、黒川先生、そして

翁、日本のトップレベルでも遜色の無い方々から目に見えないものを学んでいた

全員想像を超えた道を歩み、苦悩と深い研鑽、そして静かな中に皆人間愛を湛えておられ

た・・・・・・・・・・

古美術の世界も結局はそれに尽きるのである

自分など足元にも及ばない方々であった

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それはさておき、私は父親の骨董品の中で一・二番と思われる品と、千点を順次に見比べ

てゆく

比較して見劣るものは整理対象とする

結局950点程を整理する事に決した

50点まで枠を大きくしたのは父親を悲しませたくなかったからである・・・父親に話し

ている余地は無い

バブルのピークを過ぎた翌翌年あたりであろう

不動産をしながら、骨董品の世界を同時走る

猛烈の忙しさは歓喜の世界である

私は走り出したら早い

平成19113